百太郎溝の人柱伝説
何度造っても、洪水で流される堰に人々は失望していました。そんなある日、庄屋の夢枕に水神様が表れて、庄屋にこう告げたそうです。『袴(着物)に横縞のつぎをあてた、百太郎という男を人柱にたてよ』そう告げられた翌日、庄屋の前に、まさにお告げの通りの男、百太郎が現れました。
百太郎は実に優しい男で、病弱な母親のために一生懸命に働き、近所の人からも慕われるような人間でした。庄屋は夢枕のお告げを百太郎に聞かせると、百太郎は「水神様のお告げならば仕方がない」と人柱になることを承諾したのでした。人々は百太郎という優しい男を失うことに嘆き悲しみましたが、水神様のお告げの前では無力でした。生き埋めにされる百太郎はその命尽きるまで念仏を唱え、周りにはすすり泣きが響き、埋められる百太郎を誰一人として直視することはできませんでした。
百太郎が人柱になった後、何度も洪水が襲いましたが、樋門も水路も壊れず、原野は豊かな耕地となりました。農民は洪水や大雨ごとに百太郎を思い起こして感謝し、何時の頃かこの溝を「百太郎溝」と呼ぶようになったそうです。
※百太郎慰霊碑:慈願寺境内(多良木町)